2013年6月27日木曜日


ここのところ生活習慣が乱れまくりの私ですが、

本日は内々定先の研修?に行って来ました。

そこで感じたことを今日は書きたいと思います。

感じたことは大きく分けて2つ。

一つ目は、内々定先の企業について、

二つ目は、同期について

三つ目は、自分自身について

じゃあ、まずは一つ目の「内々定先の企業」について。。。

企業について今日感じたことは、夢のある大きな仕事ができるのでは?ということです。

というもの、一企業という枠組みを超えて日本という国家において重要な仕組みを作り直す

役割を担うようなプロジェクトができるから。

従来の仕組を変えることは非常に困難なことだと思う。

だって、そのシステムで少なからず恩恵を受けている人がいるんだもの、

そして、今のシステムであまり大きな問題が顕在化していないんだもの。

さらに言えば、新たなシステムにしたからっていいことばかりではないだろうから。

でも、そういった難しい問題に立ち向かうことのできる環境にいられることは

非常に恵まれていると思うし、このチャンスを活かさないといけないと思った。

続いて、「同期」について、

同期について感じたことは、”非常に優秀だな”ということ。

どこのそれを感じたかというと、

あのわずかな時間の中での説明で、抽象的な部分、不備などを

的確についた質問をしていたか。

うーん負けてられない

最後に、「自分自身」について

思考停止している。これが素直な感想。

ここ2、3日、考えるということをしていないから当たり前と言われれば当たり前。

けれども、このまま考えない生活を当たり前としていては、

この先の未来に希望はない。

とにかく、なんでもいいから考えて考えて考える。

決して思考停止しないように。

2013年6月24日月曜日


自分に厳しくなろう。

できない理由を考えるのは簡単だし

そのほうが精神的にも楽になる。

けれども、そんなことはもうおしまい。

できる理由だけを考えて

やるのが億劫でも

えいやって力だしてやり遂げる。

どんなに小さなことでもやり遂げる。

そうすることで、やり遂げる力が身に着くはず。


思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

2013年6月23日日曜日

レミゼラブルが超おもしろかった。

ありとあらゆるものが搾取されていた、中世ヨーロッパの王政。

その中で生きる人は、自由を求めて闘っている。

生きる自由だ。

今の時代に生きる人には考えられないことだろう。

生きることが当たり前の世の中であり、

生きる+アルファーを求める時代。

今先進国と呼ばれる多くの国は

過去に王政など独裁政権が存在し、

国民の権利というものはほぼなかった。

そういった中で、人々が王に立ち向かい自分たちの権利を獲得していった。

こういった背景が政治への関心にも現れていると思う。

ヨーロッパの国は選挙権は自分たちで勝ち取ったもの

一方日本は、人々の権利を一方的に奪われ、

それを取り返すという経験をしていないがために、政治に参加できるということの

重みを分かっていないのではないだろうか。

そんなことを感じた。

その他にも、宗教の大きさもちょっと気になったかな。

人々のキリスト教に対する信仰心というのは

洋画を見ていると考えさせられる。

キリスト教という神が自分たちの生活の一部になっていると思う。

神許しを乞う

神の教えを忠実に守る。

こうしたことは日本人にはあまりピンと来ない部分だろう。

けれども、彼らは神の意思に反するという理由で

行動を制限することもある。

もっといろいろ宗教、特にキリスト教について書きたいけど、

あまりにも知識がなさすぎるから書けない。

やはり、ヨーロッパを知りたければキリスト教を知る必要があると思う。

彼らの思想、行動の根源にあるキリスト教について学べば

洋画を見ていたり、本を読んだり、

直接彼らと話す時に、

より彼らへの理解というものは深まるのかなと考える。

これを機会に本格的にキリスト教について勉強してみよう。

2013年6月22日土曜日

選択と集中


今日は大学で開催されている台湾留学説明会に参加してきました。

台湾留学なんて考えたこともなかったけど、

今日の説明会に参加してから少し興味がわきました、

各大学それぞれ、自分の大学に外国人留学生を招きいれようと

様々な特徴をさまざまな方法でアピールしていました。

その時に感じたのはね、

日本は総合大学が非常におおくて、どこの大学に入学しても正直変わらない

みたいな印象があるけど、インターネットなどが発達して多様した現在において

世界で戦える大学になるためには何かのスペシャリストになる必要があると思う。

「いろんなことを幅広く」こういう考え方も確かにあるし、必用だと思う。

だけど、今の日本は少子化で大学も存在意義をきちんと示さないと財政難でつぶれてしまう。

だから、○○を学ぶなら、○○大学ってくらいにならなきゃダメだと思う。

つまりは選択と集中ですな

2013年6月16日日曜日

格差


田舎ってだけで、人生の選択肢が狭められていると思う。

それは、情報が不足しているということもあるけど

金銭面での支障が多いと思う。

子供を東京の大学に進出させるとなると

その分、お金かかる。

その資金を用意できないがために地元の大学に進学する。

地元の大学に進学すると、地元の企業に就職する

そしてその子供も。。。といった感じ。

この無限ループをどこかでオレが断ち切りたい。

2013年6月15日土曜日

想い


人間が一人生きていく中で、

いろいろな人の

『想い』が関わってくると思う。

それは、

自分の想いであったり

家族の想いであったり

友達の想いであったり

お客様の想いであったり

つまり、人間はいろいろな人と関わりながら生きているということだと思う。

だから、自分の想いだけを優先して生きていく人生は

よくないというか、他の人の”想い”に対して

責任を持たないといけないと感じる。

そうなった場合に、

俺はどういった形でほかの人の想いに応えていけばいいのかな?

その答えがまだ見つかっていないし、

考えてもいなかった。

考えなきゃいけないのはわかっているけど、

いざ他の人の想いに触れてみないと

”考えよう”って想いにならなかった。

つまり、それだけ自分の中で他の人の想い

特に家族の想いっていうものが大きいってことだと思う。

この想いを無駄にしないように、

責任を果たせるような人生を送る。

考えろ!オレ!

2013年6月13日木曜日

君がオヤジになる前に


この本で、1番主張したいことはおそらく

「思考を止めない。たくさんの情報を得ながら考える。」

てことだと思う。

例えば、夕飯を何にするかと考えたときに、

”めんどくさい”という理由で、目に入った惣菜を購入するんじゃなくて、

昨日は○○食べた!とか

最近、の食生活を考えたりとか、

とにかく何でもいいから脳みそを働かせることが必要なんだって。

そうじゃないと、どんどんオヤジ化していくそうだ。

他にも、

「単位時間あたりの生産性をあげるには何をするべき」かを考えることも必要らしい。

何気なく消費している移動時間に少しでも生産性をもたらしたり、

いかに楽するかを常に考えたり。。。。

とにかく、考える。


2、【切り捨てるか、包み込むか】

この本を読んで、このキーワードも重要だと思った。

名だたる企業の経営者や、成功している人は2つのタイプに分けられる。

①情を挟むことなく、遠慮なく切り捨てる人

②生産性のない人をも包み込み、自分の才能を分け与える人。

もちろん、ほりえもんは前者だ。

この部分を読んだときには、

両方とも必要な要素だから、いいとこどりすればいいのに


って思ったけど、実際はそうするとどっちつかずの中途半端になるんだろう。

要は、どっちかに振りきれていることが重要だということ。

じゃあ、これを自分に落とし込んでみたらどうだろうか。。。。。

タイプ的には①に近いけど、

どっちつかずの中途半端な状態だと思う。

①の考え方に近いけど、まだまだ未熟というか、

はっきりしていない分、同じような考えをしている人と一緒にいることに若干緊張したり、

ビビっている気がする。

自分を変えたいなら、なりたい自分に近い人物のそばに居続けることが大切。

ビビっていちゃだめ。

あと、補足的な感じになるけど、

長期的な目線で考えたら体のメンテナンスには

時間とお金を十分にかける。

例えば、ジャンクフードを控えたり、

睡眠時間をキチンと確保したり、

定期的な運動を心がけたり、

歯周病には気をつけたり、

こういった一つ一つの小さな積み重ねが

30代、40代と歳を重ねるごとに重要になって来るみたい。

3、【チャレンジを繰り返す】

とにかく、”面白い”と思ったことには

先のことを考えずに、飛び込んでみる。

要は「打席に立つ」ということだ、

100打席1安打でもいいじゃん、

最初から打率の高い人間なんていない、

打率が低いところから初めて徐々にその精度を上げていく。

ほりえもんは”チャレンジを繰り返す”ときに

”自分を追い込む”ことも重要だって言ってた。

自分追い込むということは、真剣に自分と向き合うこと。

何か嫌なことがあって、友達に相談して慰めてもらう。

このような行動をとるのではなくて、

失敗した事実に目を向けて悩みぬくことの重要性を説いていたと思う。

悩み抜いて、とにかくやってみる。

著書の中で、

「熱くない3流ほど、傷つくのを極端に怖がる。その割には成功したいという想いが強い」

と書かれていて、まさに自分のことだと思った。

正直な話、俺は傷つくのがすごく怖い。失敗するのも凄く怖い。

だから、今までの人生で”責任”という重圧から逃げてきたし、

打席にも立ってこなかった。

この自分を変えるためには、”保身”に入らずにとにかく

やる!!

失敗してもいいから、バットを振り続ける。

これに尽きる。




ものさし



何を基準に企業を選ぼう。
どういった、ものさしで企業を絞っていこう。
悩む。


自分の興味あること?
同期の仲間?
先輩社員?
仕事内容?
給与や福利厚生?
親のことを考えて?
周囲の評判?

とにかく、何か一つの物を比較するのにも
方法がたくさんある。

その中で、どのものさしで企業を選ぶ?
これってすごく悩むことだけど、
正直なところ答えなんて出てこない気がする。

だって、

「やりたいことは変わる!」って思うんだもん。

だからこそ、「自分のやりたいことをやるべき」って主張する人もいれば、

「将来のことも視野に入れるべき」って主張する人もいると思う。

どちらの主張も正しいと思う。

間違えは無い。

選んだ道を正解にすればいいと思う。

ただ、どの企業も公平に、客観視して比較する必要があるな、

だって、その企業のことをよく知らないのに、

この企業の○○が微妙・・・とか言えない。

なんかすごく悩む

2013年6月5日水曜日

深みのある人間


今日は、とある企業の最終面接に行ってきた。

最終面接だと、その企業の重役の方、つまり年配の方が、

面接してくださることが多いのだけれど、そのような方たちと面接する度に感じることがある。


「面接関係なしに、長時間お話ししてみたい」 ということだ。

なせ、このように感じるかというと、

その重役の方から浴びせられる質問というのは、

一発でグサッとさしてくるような鋭い質問が多いし、

逆質問に対する返答も何か重みのある答えが返ってくる。

自分の二倍以上長く人生を歩んできて、

今の地位まで登りつめた。

それまでの道のりで、今の俺が経験したことのないような困難にぶちあたり、

それを乗り越え、いろんな人の考えに触れて

自分の考えというものを確立して、

計り知れないほどたくさんのことを経験してきているからだと思う。

そのような経験が今の彼らを形作っていると思うんだけど、

その”経験”がどんなもので、その時に何を感じて、どう行動したのかとか、

純粋に興味がわいてくる。

今日の面接官の方も、そんな多くのことを経験してきたと感じさせるような方で、

もっともっといろいろな話をお聞きしたかった。

たった30分足らずの面接で、初対面の人にそんな感情を抱かせるって凄くない?

俺も、初対面の相手にそんな感情を抱かせるような

”深みのある人間” になりたいし、なろうと思う。

そのために、楽な環境に身を置くのではなくて

自分の苦手なことにもたくさんチャレンジする必要がある。

要は、たくさんの打席に立つということ。

”打率は気にせず、とにかく打席に立つ” 意識しよう。

2013年6月4日火曜日

文章を書くと言うこと



文章を書いて、読んでいる相手に何かを伝えるってとても難しい。

相手に伝える以前に、キチンとまとまった文章を書くことが難しい。

文章を書くことの何が難しいのかって考えた時に出てくる答えの一つに


「本当に伝えたいことが何か自分でもよくわからない」

これが、文章をうまく書けない理由の一つだと思う。


なぜ、この答えに行き着いたんだろう。

たぶん、自分の言いたいことがはっきりしていないから、

書いている内容も滅茶苦茶になっている

書きたいことがはっきりしていれば、内容は少なくとも伝わると思う。

それが、相手の心に響くかは別として、

言葉選びとか、フォントとか細かなテクニックが重要だって

いう人もいるけど、一番重要なのは

「自分が伝えたいことは何で、誰に伝えることを目的にしているか」だと思う。

なんて偉そうなことを言っていますが、

自分自身何を伝えたいかなんてはっきりしていないし、

むしろ誰に伝えるか何て考えてもいない。

単なる自己満足のブログとして書いているだけだから。

まてよ?

ということは、

伝える対象を「未来の自分」、「何かに悩んでいる時の自分」にすれば

イメージしやすいし、いい文章が書けるのかな?

2013年6月3日月曜日

本当に伝えたいことは何だろう。。。


とある企業の面接中に

「君が就活を初めてから考えて作った話を聞きたいんじゃない。かざらない君。生まれてから現在までの素のあなたが知りたかった」

と言われてしまった。
確かに面接となると”次の選考に繋げたい””自分を評価してほしい”そういった想いで
学生時代に頑張ったこと、
志望動機、
将来やりたいことを伝えてきた。


それに、話を盛ったり、綺麗な言葉でまとめることが就活では必要だと思ったし、
選考を進む上で必要な要素だと思ってた。

でも、その気持ちが強すぎて
”自分を評価してほしい=嘘をつく”になっている部分もある。
落とされたくない、マイナスに見られたくないって

「悪いプライド」

が俺をそうさせていた。
そいつのせいで、面接官に対しても
何か勝気なコミュニケーションをとってしまっていたのだろう。



それは自分でもうすうす気が付いていた。
自分の中のプライドが邪魔をしているって。

この自分でもわかっていたことを
面接の後のフィードバックで的確に言い当てられた。
そして社会人になったらもっと苦労するとも言われた。


正直悔しくて、悔しくて今にも泣きそうだった。
悔しくて泣きたくなることなんてめったにないのだけれど。




「嫌いな自分にこんにちは」
これができたら
俺の人生はもっともっと可能性は広がっていくとも言われた。

嫌いな自分にこんにちはするためには
嫌いな自分を知ることから始めよう。


この続きはまた今度。